新開発2.0Lターボをリアに搭載! トヨタ「ミドシップ4WDヤリス」デビュー! 「よちよち歩き」の第一歩、課題山積でも「面白い」

 2025年1月の東京オートサロン2025、トヨタのカンファレンスで「2025年モリゾウの10大ニュース」が発表されました。

 これは「そうなったらいいよね」というモリゾウの夢をニュースにしたものでしたが、その中に「2000ccエンジンが走り出した」、「ミドシップが走り出した」という項目がありました。

 あれから9か月、その夢に向けた第1歩がありました。それが10月に行なわれたスーパー耐久シリーズin岡山でTGRが次世代スポーツモデルのためのテストカー「GRヤリスMコンセプト」を実戦テストしたことです。

次世代スポーツモデルのためのテストカー「GRヤリスMコンセプト」

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 このモデルを簡単におさらいすると、「内燃機関はまだまだ進化できる」と開発された新エンジン(直列4気筒2.0ターボ)をリアミドシップに搭載。その上で駆動方式は4WDという、トヨタにとって未知の技術にトライするマシンになります。

 開発の陣頭指揮を取る齋藤尚彦氏は「2020年にGRヤリスを発売して以降も『壊しては直し』を繰り返してスポーツ4WDを鍛え上げてきました。これもその進化の“過程”です。

 これまでフロントエンジンの4WDで相当色々な事をトライしてきましたが、現状の構成では乗り越えられない部分もあり、そんな時、モリゾウから『ミッドにやってみないか?』という提案があり、挑戦を決めました」と、その経緯を教えてくれました。

 かつて、TTE(TGR-Eの前身)がWRCのグループS規定に合わせたミドシップ4WDマシン(222D)を試作したことがありましたが、トヨタにはその知見・ノウハウはゼロでした。

 ミドシップモデル自体は1984年にMR2を市販化していますが、その後継となるMR-Sが2007年に生産終了以来、その技術は完全に途切れていたのです。つまり、本当にゼロからのスタートなのです。

 本来は7月のスーパー耐久シリーズinオートポリスでデビュー予定でしたが、「とてもじゃないけど、レースを戦える状態ではない」と投入延期を発表。

 一体、何が問題だったのでしょうか。開発を担当する齋藤尚彦氏は次のように話してくれました。

「このクルマはいわば“よちよち歩き”で課題ばかりです。

 今までのトヨタであれば実戦テストなどおこがましい状態ですが、モリゾウからは『クルマづくりはこういうもので不具合が出るのが当たり前。

 開発の時に不具合を出さなくて、本番(=量産の状態)で出すことは許されない。だからモータースポーツを起点としたもっといいクルマづくりが大事』と言われています。

 実戦投入を延期した一番の課題は『熱』です。具体的には冷却系を全てやり直しています。以前はエンジンとトランスミッションの冷却器が積層されていましたが、これだと熱効率が悪いので完全に独立して冷却できるように変更しています。

 また、ミドシップに搭載するエンジンが発生する熱を吸ってしまい本来の出力が出ない問題がありましたので、吸気のレイアウトを刷新しています」

「内燃機関はまだまだ進化できる」と開発された新エンジン「直列4気筒2.0ターボ」(撮影:山本シンヤ)

 では、ミドシップのフットワークはどのような状況なのでしょうか。齋藤氏は次のように続けます。

「まだミドシップの運動性能が完全につかめていない段階で常に試行錯誤しています。

 まずリアに重量物があるのでどうしてもピーキーな動きになりやすいので、できるだけ重心を下げる努力はしています。フロントエンジンに比べると、少し設定を変えるだけでクルマの動きが変わります。

 そういう意味ではセットアップが非常にセンシティブですが、逆にスイートスポットにハマると面白いです」

 4WDシステムはGRヤリスと同じ多板クラッチを用いたGR-FOURを前後逆に搭載していますが、その辺りの設定はどうでしょうか。

「コーナーからの立ち上がりでフロントが引っ張ってくれるので、ミドシップの不安定な特性を解消できていますが、現状ではフロントの依存度(=駆動力配分)が大きいので、基本性能の底上げはしないといけないと認識しています」(齋藤)

 事前にテストを何度も行ない、現状ベストの状態でレースウィークに挑みましたが、やはりテストでは出なかったトラブルが発生しました。その1つがターボのトラブルです。

「新エンジンはベースとなるデータがなく、制御のバランスが上手く取れておらず、結果としてターボが壊れました。岡山の気温が予想以上に高かったのと、セットアップが決まったことでコーナリング性能が向上し、ターボへの負担が増したのも原因でした」(齋藤)

 実はコーナリング性能の向上で、根を上げたもう1つのアイテムがEPS(電動パワーステアリング)です。

「セットアップの改善でフロントタイヤに荷重がかかるようになりグリップが上がると、アシストが足りなくなるという症状が出ていました。これによりモーターの熱が上がってしまい、過熱保護制御が働いてしまったのが原因です。制御の変更を試みても症状は治まらなかったので、モーターを一回り大きいものに変更しています」(齋藤)

 開発ドライバーの1人である佐々木雅弘選手は「現状はメカ的な心配よりも乗り方次第で色々な顔を見せる感じで、とにかく不安要素を潰していく感じです。漫画『よろしくメカドック』では、ミドシップに改造したCR-X、4WDに改造されたフェアレディZ(グレーサーZ)が活躍しますが、様々なテストをしていると『風見潤(メカドックの主人公で優れたチューニング技術とドライビングテクニックを持つ)は凄いよね』と思いました(笑)」と、筆者(山本シンヤ)に教えてくれました。

現時点では『重心の高さ』が最大の弱点だという(撮影:雪岡直樹)

 スーパー耐久岡山の決勝で行なわれた3時間の決勝レースは雨が降ったり止んだりの不安定な天候の中で行なわれましたが、GRヤリスMコンセプトは初陣にも関わらず、序盤に何とトップに浮上。

 ただ、時々刻々と変わる路面状況の中で安心して走らせるのは難しいため、プロドライバー(佐々木雅弘/石浦宏明選手)のみで走らせることも検討されましたが、時間経過と共にドライ路面となったことで、小倉康宏選手にドライバーチェンジ。

 そしてレース終了30分前にモリゾウ選手(豊田章男会長)にドライバーチェンジしてゴール。デビューウインとはなりませんでしたが、3時間のレースを一度も止まることなく走り切りました。

 ゼロからスタートして造り上げたマシンにしては上出来のレースウィークだったと思いますが、新たな課題もたくさん生まれたようです。次への進化・カイゼンにも期待大です。

 レース後、齋藤氏は安堵の表情でこのように答えてくれました。

「色々な事が未知数の中でのレースウィークでしたが、予選・決勝を走り切れたことは4人のドライバー、そして毎晩夜間までクルマをアップデートしてくれたエンジニア/メカニック、そして開発に関わる全てのみんなのおかげです。

 今までドライでしか走行していませんが、今回はウエットを含めた様々な路面で走行でき、様々なデータが取れたのは開発の観点では非常に良かったと思っています」

 ちなみに、ドライバーからはどのようなフィードバックがあったのでしょうか。

「色々ありますが、その中でも『重心の高さ』が最大の弱点ですね。

 そのため『ロールを気にしながら走らせなければならなかった』と言われました。

 フロントエンジンの時ではあまり気にならなかったロールセンターと重心のズレが顕著に出ています。

 また、4輪をシッカリと接地させることは成功していますが、少しでも外れてしまうとピーキーな挙動に繋がってしまうところも大きな課題です。

 エンジンは狙い通りの出力/トルクが出ているかはデータを確認してフィードバックしたいと思います。とにかく今回出た課題を確実にアップデートさせ、11~12月にまたテストを行なう予定です」(齋藤)

開発を進めてきた「GRヤリス Mコンセプト」を語る高橋プレジデント(撮影:雪岡直樹)

 多くの人は「いつ市販化されるの?」が気になっていると思いますが、これに関してはGRカンパニーの高橋智也プレジデントはこのように答えてくれました。

「S耐のYouTubeを見ると、コメントの中に公開開発に対する応援の声をたくさんいただきましたが、それも我々の大きな原動力になっています。

 ただ、勘違いしてほしくないのはこのモデルはあくまでもテストカーだということです。

 ミドシップは熱的に厳しいことが最初から分かっていますので、あえてボディサイズの小さいGRヤリスをベースに開発をスタートしています。小さいクルマで開発できれば大きくするのは楽ですので」

 過去の歴史を振り返るとGRのスポーツモデルはニュルでの卒業試験をクリアして世に出てきました。このクルマはいつ頃でしょうか。

「ニュル参戦は、現時点では時期尚早です。まずは日本のレースを中心に鍛えていきます。

 ただ、開発が進んで将来的に『成人式を迎えるタイミング』で、必要なフェーズが来れば、その可能性もゼロではないですよ。

 ただ、現在はまだヨチヨチ歩きですので、とにかく走らせ続けます」(高橋)

 このようにトヨタの新たな挑戦はスタートしたばかりですが、今後の進化に期待大です。

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